ろんじえぱぱ 日常力~我がままに~

発達障害児の育児をきっかけに哲学、禅、科学的根拠を取り入れ、日常を磨き自己能力を最大化するブログを発信している40代

生きる意味とこれからの自分

生きる意味 これから 自分

生きる意味 これから 自分

こんにちは!ろんじえぱぱです!

 

前回のブログで触れましたように、これまでの私は一般的なのかもしれませんが、”毎日をあまり深く考えずなんとなく過ごしてきた”の一言に尽きると思います。別にそのことがなんら害するものでないことも理解しています。

 

反対に、生きる意味ってなんなのか考えると、生きる意味っていったい何でしょうか。思えば、私も含め、人はみな”生まれて”きますよね。そう、”生まれて”。つまり受動態なんですね。もちろん、私が生まれたときは両親や身内の人々は大喜びしたでしょう。それは、生の瞬間はたずさわった人はみな喜びを分かち合います。

 

ただ、よく考えれば、”生まれた”当本人は周りほど喜んでいないと思うんですね。生まれた意味は何かと問えば、”とにもかくにも生まれてしまったので生きる”というのが”本音のところです。完全な私見ですが。

 

本人は生まれてしまったので、とにかく生き残るために必死に言語やコミュニケーションを覚え、やがて学校を経て人間社会を学んでいくんですが、確実に言えることは、人は始めのうちはひたすら”受動””受け身”から始まるということです。

 

やがて人間社会に慣れて自我が芽生えることにより、自らの意志でこれまでの受動的な思考をいかに能動的に変えていけるのかが充実した生活を営む上でのカギになるのではないかと思います。

 

”生まれたので仕方なく生きるのではなく、どうせ生きるんだったら楽しく精いっぱい生きる”という思考です。

 

私はこれまで生きる意味をまじめに考えたことは一切ありませんでした。それでも毎日はそれなりに楽しく過ごせました。ただ感じたことは毎年毎年、過去を振り返っても、思い出すのは、どこに旅行に行ったとか、何を買ったとか、何を食べたとか、なんとなくそうゆう程度の思い出しか残っていません。

 

言い方を変えれば、いかに消費生活に終始していて、何も成長することにスポット当ててなかったことに気づきました。例として5年前の私と現在の私の考え方が変化したことは特別に感じませんでした。つまり、当時はほとんど成長していなかったということになります。

 

その後、父が逝去し、娘が発達障害と判明してからは、人生で生まれて初めて使命感が芽生えました。”親の死は親が教える最後のレッスン”という言葉をどこかで聞いたことがありましたが、幸い、この非常につらい環境が、何のとりえもない私にすら、精神的な独立と考え方の変化をもたらしました。

 

家族を大切にし、娘の成長と自身の成長に重きをおくようになり、なにも生きる意味がなかった私にとって、無理やり、こじつけのような形ですが、それが私の生きる意味なのだと、自身を納得させたことを覚えています。

 

これまで、自分が重視してきたものは”消費”。購買、旅行、グルメ等。確かに生活を豊かにするのにこれらは不可欠ですが、結局は消費されてなくなります。ただ人には欲があるので、一つのことに飽きては次から次へとターゲットが変わり、いくら消費しても結局は自分を最終的に満たせないということに最近気づき始めました。

消費から成長へ

これからの私は”消費”ではなく”成長”へ焦点を変えました。”成長”には終わりがありません。消費とちがい、成長は完結しないのでいつまでも飽きることがありません。脳の可塑性について前に触れましたが、精神の成長に終わりがなければ、死の直前まで成長する思考を楽しむことが可能になります。

 

消費の毎日とはどのようなものでしょうか?たとえば、私が昔思ったのが、休みや旅行や他の楽しみが数日後にやってくると考えた時に、はやく今日明日を乗り切って(仕事など)、やってくる楽しい時を過ごすように思いをめぐらすことです。

 

そのように考えると、自然と今日や明日などの毎日は、楽しみにしている時の前の前座ということになり、その日を充実して過ごすことは考えにくくなります。つまり大切な一日一日が快楽の前のむなしい消費の一日に変わる危険性があります。それはなんと もったいないことでしょうか。

 

それに対して”成長”にフォーカスすると毎日が”消費”でなくなります。過ごす毎日が”成長”に直接影響するので、毎日毎日が充実し、楽しくなりダラダラ過ごさなくなります。毎日、楽しいこともあれば、ちょっとした色々なハプニングもあります。その毎日に真剣に向き合い、自分の思考や行動を試していけば、一年後にはそのコツコツが非常に大いなる差となって表れてきます。この2年間でその成果を実感しているところです。

 

これからはメインディッシュに”毎日の成長”をかかげ、サイドディッシュにこれまでのような”消費”の生活をおりまぜることにより、生きる意味を能動的に変えて充実した毎日を過ごすようつとめています。

  私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。


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