ろんじえぱぱ 日常力~我がままに~

発達障害児の育児をきっかけに哲学、禅、科学的根拠を取り入れ、日常を磨き自己能力を最大化してFOREVER 35を目指す40代です!

【いつまでもあると思うな】思考から学ぶ5つのこと

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いつまでもあると思うな 思考 学び

こんにちは!ろんじえぱぱです!

 

やっと梅雨が明けると思ったら今度は台風が来ているとか。。。

 

最近は一度たりとも昔ながらの夏の気候は完全に失われましたね。いろいろ変わる景色、気候、そして私たちも変わっていきます。

 

脳裏には子供の頃の夏の暑さや記憶が蘇りますが、もうあのころの気候に戻ることはないんでしょう。いや、それだけでなく今の私も一秒一秒変わっていきます。

 

時間は前にしか進めないベルトコンベヤーのようです。過去は私たちの脳裏の中でのみ存在しますが、現在という位置はブログを書いている今も刻々と時を刻んでいきます。

 

そして自分の命が終わった時、自分の中での認識する時間が止まり、その人の人生に終わりを告げるにすぎません。他の人の人生や時間は何も変わらず進んでいきます。

 

このような無常観を持つとつい悲観的な人と思われがちですが、本当は反対です。余命の知った患者がその運命を受け入れ、残りの時をいつくしむように、早めにその無常観に気づけば、毎日を無駄に過ごすことを何としても避けて大切に過ごすようになります。

 

このブログを書いている今も京都のアニメーション会社への放火で多数の死傷者が出たという非常に痛ましいニュースが入ってきました。非常に残念ですが、本当に理不尽な死を迎えることも 頭の片隅に入れておく必要があるようです。

 

そんな思いから、どんな小さなことでもいいから昨日よりもBetterでいたい。死ぬ寸前まで自分をどこまで高められるのだろうと考えることが、私に無限の脳内麻薬を放出してくれ、今日も私の自画像を何度も重ね塗りする作業にいそしんでいます。 

【いつまでもあると思うな 】思考法

いつまでもあると思うな親と自分

何度か前のブログで触れていたように私の30代は何にも考えていなかった10年間で20代の海外生活で得た英語と経験貯金で毎日を適度に過ごしていました。

 

『いつまでもあると思うな親と金』という名言がありますよね。その当時も知ってはいましたが、まさか突然私の身に訪れるとは。

 

全てが変わったのは私の絶対的な存在感だった親父が肺炎をきっかけに入院し、1年半の闘病生活ののちに亡くなったことです。いつか親が死ぬというのはに頭の片隅にありましたが、いざその現実がやってくると、実感するしないではその受け止め方が明らかに違いました。

 

今まで甘え根性が残っていた私は精神的にもっと強くなり、弱り切った母親や幼い子供の育児を支えねばなりませんでした。しかし同時期に娘の自閉症が発覚し、当時管理職に昇進したばかりで毎日奔走していた私は完全に能力のキャパオーバー状態でした。

 

毎日タバコを吸いながら『何のために生きているのか』を自問自答し、今思えば多少うつの傾向があったと思います。結局仕事でもミスを連発し、自らの意志で降格を申し出ました。もう精神的に限界だったのです。

 

当時は私の人生の中で今のところ一番厳しい時期でしたが、この逆境は私に一つの無常観を教えてくれました。『人は死ぬ』ということ。『全てに終わりがあるということ』身近な人が死んで初めて身に染みて脳裏に刻み込まれたのです。

 

その後私は常にこの思考を頭の片隅に入れて生きています。人の死も自分の死も来た時は受け入れる。それまで全力で生きる。

 

死に向き合って受け入れてしまえば、残りの人生の課題はそんなに難しくなくなります。生きる上で肝が据わる感じです。

 

テレビや私生活上でつまらない人のうわさや悪口で時間をつぶすようなことは止めて、折り返し地点を迎えた残りの人生を自分に集中して過ごすことに決めました。

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【いつまでもあると思うな】思考がもたらす大事なこと

 【いつまでもあると思うな親と家族】親、家族、目に映る人を大切に 

父が亡くなった後、私の母親は父の看病の燃え尽き症候群と喪失感で不眠症に陥り、うつ病になっていました。

 

私が実家を訪ねるたびに他人の不幸や死を話すようになり、何一つ微笑ましい会話ができなくっていたので、私は意を決して嫌がる母親を病院に連れていきました。

 

幸いその後、睡眠の質が戻ってうつから回復し、今現在、母親は精神的に独立して一人の自由を謳歌しています。

 

人の精神なんてもろいものです。私も父の闘病当時うつぎみで寝不足だったため、体感的に母親の状態が分かりました。意外と人って簡単に壊れます。嫁も子供も同様です。

 

今の家庭の平和は当たり前の状態ではなく、努力の結果勝ち取った結果です。全てに当たり前はありません。嫁、母、娘、そして私自身がお互い努力し、汗をかいて作り上げた秩序です。お互いを尊重し、大切にし、思いやりを持って接する。

 

毎日一緒にいるからこそ空気のように忘れがちですが、今の状態が『いつまでもあると思うな』と思うからこそ一瞬一瞬を大切に過ごすよう心がけています。

【いつまでもあると思うな自分の命】 自分の時間を大切に

そんな私ですら、いつか自分の命を終える時を迎えます。自然の寿命死か不運な死か、それは分かりません。ただ自分の死がいつになるか占いで知りたいとは思いません。

 

いつ死ぬか分からないという暗黙の、しかし皆忘れている事実を受け止めることで、今自分が興味を持っていること、そして今私の周りにいる家族や親、友達、仕事仲間に対して、常に全力で応えたいと思っています。

 

よく私の母親が『心配で死んでも死にきれない』と言いいますが、私は生きている内が私が努力できる契約期間内だと思っています。そのように思えばいたずらに将来の心配などせず、自閉症の娘に対しても今この瞬間にどんな声を掛けるかだけを考え、今できることを一生懸命考えて過ごしています。 

【いつまでもあると思うな周り人の親切心】 依存しない

死ぬときは所詮自分ひとりだと思えば、自分でできることは全部自分でするようになります。料理や家事を依頼すれば、結局自分のスキルを失います。

 

家庭生活で何かに依存することは自分のスキルを下げる原因になるので、家事、掃除、洗濯レベルは全て自分ひとりでこなすようにしています。

 

始めは家事とか面倒ですけど、一旦やってしまえばスキルが上がる分だけ上手にこなせるようになって楽しくなります。料理道具や掃除道具をゲーム上のアイテムのように考えて買う楽しみを増え、妻の負担も減って尊敬心も勝ち取る。一石二鳥ですよ。

【いつまでもあると思うなこんな良い時】 いつも謙虚に

今度はこの思考を戒めに使います。いい思いや時を過ごしてもそれに奢らず、常に謙虚な姿勢を貫き学びの姿勢を保ちます。実際グーグルアドセンスの広告に合格しても、その後のブログの収益化はまた別次元に難しいです。

 

一瞬満足感に浸りましたが、ひとつのステージだと謙虚に受け止め、次の課題を見つけて少しずつ前進しています。自信は内に秘めれば自信、口に出せば自慢になります。

 

褒めてもらいたい承認欲求を満たしても一時的な喜びに過ぎません。自分自身が喜びも苦しみもプロセスの全て知っています。自分で自分を鼓舞して他人の評判などの毀誉褒貶に依存しないことが大切です。

【いつまでもあると思うな凹んだ自分】 凹んだ時のレジリエンス

喜びに対して謙虚であるならば、不遇や失敗など苦しい時期に対しては『いつまでもあると思うな』思考は心の回復を助けます。全てのプロセスを知る自分を大事に思うからこそ、必要以上に自分を傷つける必要もありません。

 

苦しい時を受け止め、周りの人を非難せず、常に過去の行動の内省から今後どのように行動するかを冷静に分析すればよいだけです。全て自分の身に起こることは自分の人生の糧と考えるようにすれば、あとはプラスしかありません。

 

無用に人や環境を批判して、内省をしないことは歪んだ自己愛であり、せっかくの学ぶ機会を失うことになりかねません。それこそが真の失敗になります。

まとめ

 ブログを始めてからさらに時間の使い方が濃縮されて、効率よく時間を過ごさないとあっという間に一日が終わってしまいます。ブログ作成に平均2-3時間を費やすので、その時間を如何に捻出するかが毎日の課題です。

 

たまには本を読んだりネットにふけったり自分を甘やかす時もありますが、うまくメリハリをつけて過ごしています。いま思いつきましたが、ダイエットと同じですね。時折好きなものを食べて自分を甘やかしながらも毎日しっかり管理する。

 

体や健康だけでなく、時間管理や意識などのメンタルの面でも自分を大事にすることが大切だなと、このブログを書きながら改めて強く感じました。

  

私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。


ろんじえぱぱ