ろんじえぱぱ 日常力~我がままに~

発達障害児の育児をきっかけに哲学、禅、科学的根拠を取り入れ、日常を磨き自己能力を最大化するブログを発信している40代

自由による責任は自らに由る

自由 責任

自由 責任

こんにちは!ろんじえぱぱです!

 

”自由”っていつでもいい響きですよね。

 

現在のように結婚し家庭をもつと、仕事や家庭の両立でいっぱいいっぱいになって、このようなしがらみから一瞬でもいいから抜け出したい!自由になりたい!と思うはごくまっとうな考えです。

 

そのうっぷんを埋め合わせるために、仕事と家庭の合間の束の間の”自由”を、友達と一緒に過ごしたり、飲んだり、のんびりして自分なりに満喫していると思います。

 

自由の意味とは何だろうか?

本当の自由の意味は自らに由る

 私たちがよく使う”自由”は”何の制約も受けず、思い通りのことをする”意味(Freedom)に近い意味によく用いられると思います。戦後のアメリカの自由主義の影響を残していますね。

 

この”自由”は仏教用語でもあり、その意味は名の通り”自らに由る(みずからによる)”意味がより深淵になってきます。何を意味するのか?

 

”自由”とは自分自身が決めた行動が引き起こした結果を自分自身が責任をもって引き受けるという意味になります。たとえば待望の休みを何に費やしますか?

 

趣味に費やすのもしかり、友達と遊ぶのもしかり。中には読書をして一日過ごす人やセミナーに参加して知識を増やす人もいます。おっと疲れて寝ちゃった人もいますよね。

自由による縛り 

”自由”は何でもできるという選択肢をもたらしますが、結局その選択肢の中から、ひとつの行動を選ばなければなりません。一つの行動を行えば、もう一つの行動はできなくなります。体はひとつしかないですからね。

 

時間的な”自由”は、私の”自由”による行為(選択)によって、また縛られます。私たちは数ある自由の選択肢の中から一つの行動を選択しなければなりません。

 

今帰宅後ブログを書いているのは私の自由です。食後の為、ちょっと眠いですが、寝る自由かブログを書く自由の中でブログを書く自由を選んだことになります。

 

時間的な”自由”は自らが選ぶ”自由”の選択肢の連続であり、わたしたちの人生はその選択にゆだねられているのです。

自由は責任が伴う

毎日仕事から帰宅後3時間の自由時間があるとして、その3時間をどのように使うかが私たちの将来への等価交換になります。

 

気晴らしに使えば楽しく過ごすことができるでしょう。しかし毎日何も変わらないと変化のない暮らしに慣れ、変化を徐々に恐れるようになります。平凡が一番、何もしないのが一番になり、最後は何もしないから何もできなくなってきます。

 

もしその3時間を勉強や自己投資に専念すれば、小さな積み重ねはやがて大きな山になり、近い将来に大いなる変化をもたらす可能性が生まれてきます。

 

私が20代の頃は休日に夕方まで寝ていたこともありましたし、最近までも、テレビ見て、ネット見て、なんとなく家で過ごして、あまり有意義な休日を過ごした記憶はないように思います。これをしたような充実感は感たことがありませんでした。

 

”仕事で忙しいんだから、せめて休日くらい楽させてくれよ!”という心の声に誘惑され、お昼過ぎまでベッドで過ごし、その後は特に何かすることはなく適当に一日を過ごしました。仕事を理由にしてプライベートをおろそかにした典型的な自堕落でした。

自由は有限

ブログタイトル”時間”でお話ししましたが、一日で行動できる時間は限られます。いつも帰宅後の自由な時間はどのくらいですか?通勤時間や夕食などを除けば、就寝までだいたい2-3時間くらいしかないでしょう。  

www.longjiepapa.com 

そのわずかな時間の中で自らの行動を定め、近い将来に実になる種を毎日植えつづけ、水を上げていけば必ず大きな実りとなって自身に返ってきます。種は自然に植えられることはありません。必ずあなたが自らの手で行動し植えなければならないのです。他の誰も植えてくれません。  

楽より楽しさを優先しよう

幸い、株関連のツイッターで触発された哲学や名言に興味を持ち始め、今は本を読むこととブログの準備をすることに毎日やりがいを感じています。自分のやりたいことは必ずしも”楽”とは限りません。気を抜けばスマホやテレビの誘惑に負けることもよくあります。なかなかブログを続けて書くのもしんどい時もあります。

 

この”楽”に打ち勝つより高度な快楽こそが、今の私を支えています。ブログを書き終えると今まで得たことのない充実感が広がり、多数の読者が私のブログを読んでいると思うことはこれまでは得難い喜びです。

 まとめ

つかれた、めんどくさい、やるきでない、あとでやろう、とか感情に支配された毎日を過ごしていたら、イヌやネコと変わらないと思います。毎日が変わらない日常。

 

みなさんも時を忘れて夢中になれるものが、自分を成長させてくれるものが必ずあるはずです。あとはそれを素直にやってみましょう。いろいろな理由をつけ、避ける人は結局自分を苦しめますよ。それほど『やりたい』という欲は強烈に脳に刻み込まれます。

 

私は時間的な自由や経済的自由は少ないかもしれません。しかし少なくともこれからは毎日訪れる自分の選択の質を誇れる自由人でありたいと思います。

  私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。

 

ろんじえぱぱ