ろんじえぱぱ 日常力~我がままに~

発達障害児の育児をきっかけに哲学、禅、科学的根拠を取り入れ、日常を磨き自己能力を最大化してFOREVER 35を目指す40代です!

【離婚】離婚した理由と原因を分析する

離婚 理由 原因 分析

離婚 理由 原因 分析


こんにちは!
ろんじえぱぱです!

 

本日より住み馴れた我が家を離れ、実家に戻って娘と母共々、新生活をスタートさせました。

 

週末と夏休みの間はほぼ実家で過ごしたためか、幸い娘も前の家を恋しがることもなくスムーズに新しい生活を始めることができました。

 

反対に妻の方が娘と私が同時にいなくなってしまったため、覚悟はしていたものの、突然の孤独感に苛まれているようで、しばらくは心のケアをしてあげる必要があるようです。

 

誰しも変化の始めは苦しいもの。今後とも妻と母を励ましつつ娘の育児に精進したいと思います(*´ω`)

結婚生活から得た学び

誰もが夢に描く結婚生活。しかし結婚はゴールではなく、まさしくスタートに過ぎません。

 

妻とは2008年に結婚し約11年間結婚生活を営んできました。

 

その間の大きなイベントとしては2010年に娘が生まれ、2013年に自閉症発覚、同年に父が肺炎をきっかけに入院し、2014年に他界しました。

 

その間に自閉症の育児を通じて未熟な二人は本当に成長しました。

 

www.longjiepapa.com

 

自閉症の”じ”すら知らなかった私たちは突然、通常のレールから外れ、誰も知らない薄暗い裏道を進むことになりました。

 

www.longjiepapa.com

 

しかし、そのことが二人の絆を強めてたくさんの本を通じてメンタル強化に取り組み、食事改善やダイエットなど生活全般が以前に比べて、より充実するようになりました。

 

約10年間の結婚生活でしたが、非常にたくさんの学びを得てきたので一切の後悔はありませんし、今後は娘の母としてのつながりの中で人生のパートナーとして彼女の幸せと成功を心より願っています。

 

離婚の予兆はあったのか?

 去年からの大きな変化は妻が専業主婦からネイルを学ぶために学校へ行き始めたことです。

 

妻は元々キャリア志向が強く、専業主婦では収まらないと前々より思っていたので、一からネイルを学ぶと言った時には快く承諾しました。

 

直前の今年の夏休みも親子三人で旅行に出かけたり、何気ない日々を過ごしていましたが、夏休みの後半に妻が正社員を応募し合格したことが、これまでのバランスを大きく変えるきっかけになったことになりました。

 

そして9月初めに些細なことでケンカしたことで、これまでの積もっていた課題が一気に浮き彫りになり、二人で冷静に話し合った結果、離婚を選択した経緯になります。

 

夫婦間の問題は特別で中々触れる機会がないと思いますが、私も忘備録としてブログに残すことで、自戒の念とこれからの生活に活かす意味で役立てていきたいと考えています。

 

離婚を決めた理由

振り返って見ると夫婦間の問題は三次元で複雑したね。どの夫婦ももれなく色々課題はあると思いますが、思いつくままお話したいと思います。

離婚の理由:金銭感覚のずれ

まあよくある話ですよね。妻が中国人である程度裕福な家庭に一人っ子で育ったので、まあ地力が違いました(笑)
 
ただ妻は私に特にそれを要求することはなく、私が毎月振一定の額の振り込みをすればそれ以上求めることはなかったです。
 
確かに嫁と娘が食べているものは有機系のものなど、私が一般的に食べるものに比べて中々お値打ちのあるものでしたが、私が無頓着なのかそれを夫婦間格差とは思っていませんでした。
 
人によっては格差と思われるかもしれませんが。
 
むしろ私は時折、そのおこぼれを頂けたので、むしろ喜んでいた方でした(笑)
 
仕事がある日は私は毎回自分で決まったご飯を作り食べる習慣があり、自給自足に慣れていたので、それも気にしなかった要因と思われます。
 
旅行に行く時も地元のレストランに行ったり、お互い共通なものを食していたので、私たちの夫婦では金銭感覚のずれは感じていたものの、それは決定打にならなかったと思います。
 

離婚の理由:夫婦生活の欠如

ここは少し私たちは若干不幸だったと言わざるを得ません。
 
娘が生まれて2年後に父が入院し、娘の自閉症が同時に発覚しました。
 
当時、私は管理職になったばかりで気持ちに全く余裕がなく、ほぼ家庭は妻と義母、私の母に任せっきりで家庭と仕事場をただ行き来する毎日でした。
 
父の死後も母が鬱になるなど、結婚当初の幸せが嘘であるかのように毎年トラブル続きで、なんとかしてメンタルを強化しないと生き残れない危機感を持ったのもこの頃です。
 
お互いが競うようにして本を読み始め、『個』の力を強めていき、それぞれが依存せず、互いに独立したパートナーが一つの空間に住むような感じになってきました。
 
もちろんお互い深い信頼関係があり、他人から見れば理想的な夫婦と思われるかもしれません。
 
しかしお互いの独立心が強くなりすぎてしまったが故に、以前のように甘え、依存することがなくなり、いつしか夫婦というよりベストフレンドのような状態になってきたのも紛れもない事実です。
 
以前はお互い未熟が故に、目線はお互いを見合って手を取り合っていたのが、いつしか手を取り合いながらも、視線は互いを見ずに前だけを向いて独自の道を進んでる状態になっていきました。
 
そのような中で、本来夫がすべきである妻が欲しかった女性としての心のケアをしてあげることができなかったという反省点があります。
 
困難な状況を切り抜ける為、お互い強くならなければならなかったものの、その中で失ったものがあったと考えています。
 

離婚の理由:姑と嫁の関係

私は一人息子のため、母には大事に育てられたので、マザコンではないですが自然な範囲内での母への愛情があります。

 

残念ながら、過去妻と私の母は娘の育児方法を巡って何度か争った経緯がありました。

 

母には母の昭和時代のやり方と自閉症を改善しようとする妻の現代のやり方が、食事法や育児法を巡って何度もぶつかり合いました。

 

私は二つの家庭の中間管理職のような役割を演じ、お互いの関係が上手くいくように調整役に奔走しました。

 

父が亡きあとは3人が心を一つにして何とか協力体制を維持してきましたが、夫婦同氏がケンカになると、母が私と同様に敵視されることにとても心が痛みました。

 

この中間の交渉役の役割は非常に精神的消耗が大きく、結婚生活の中で積み重なってきたダメージがあったことは否定できません。

 

やはり女性同士の関係は難しいものなのだと痛感した次第です。

 

離婚の理由:自閉症の育児と共働きの両立

自閉症が一般の育児と違う大きな点は、どこにいても必ず同伴が必要ということです。

 

例えば、小学生にもなれば共働きの家庭でも、母や妻が帰宅するまで一人で数時間お留守番ができる可能性が増えてきます。

 

自閉症の育児ではそれが許されません。

 

家を飛び出すかもしれないですし、一人で戻ってくるコミュニケーション能力もないので、必ず家族の誰かが一人娘のそばにいなければならないのです。

 

妻が専業主婦志向だったなら、問題はなかったかもしれません。

 

しかし、彼女は仕事をしてこそ輝きを発揮できることを何よりも私が理解しており、そんな彼女を育児のために家庭に縛り付けておくことは私個人としても本望ではありませんでした。

 

去年妻が再びネイルの学校に行くと決めた時は快く送り出し、母と共にバックアップすることを快諾しました。

 

しかし最近になり彼女が正社員になった時に急激に私の母の負担が増えたことが、この離婚を考える契機になりました。

 

離婚の理由:将来への不安

 娘は学校が終わると放課後デイサービスが終わり、午後の17時に送迎されて帰宅します。

 

二人が仕事の間は私の母親が実家から車で約20分かけて私の自宅に来ては午後21時から22時まで私たちどちらかが帰宅するまで約5-6時間、娘の面倒を見てもらっていました。

 

70歳過ぎの母に毎日欠かさず自宅で面倒を見てもらうことは私にとっては非常に心が苦しく感じました。

 

高齢者の車の事故も珍しくない現在、目が弱い母に夕暮れと夜に車を運転させることは事故のリスクを高めます。

 

そしてなによりも不安を感じたのが、この関係が一定期間ではないこと。今後ほぼ無限に続く可能性があったことです。

 

母も高齢です。頑張ってはくれていますが、やはり精神疲労は隠せず時折私に弱みを見せたりしました。

 

このような完全に母に依存している状態の中で、将来もし母が倒れたりしたことを想定すると、どうしても不安定な気持ちに襲われました。

 

母があっての共働き、しかし妻には働いて輝いてもらいたい。でも母が倒れたらどうする?娘は?母の世話は?

 

毎日時折このような解決のできない矛盾と不安を抱えながら最近は過ごしてきました。

 

そして冒頭のケンカの際に、その不安を解決する方法としてお互いがなんとなく離婚について話し合うようになりました。

 

円満な離婚は成長の証

 離婚を切り出す前はやはり【離婚】の二文字が頭に重くのしかかり、なかなか踏ん切りがつかずにいました。

 

娘の育児と母の負担削減、そして妻の目標実現を同時にかなえるにはどうすればよいか?

 

比較的ディフェンシブな生活を好む私がシングルファーザーとして実家で母と共に娘の育児をし、妻には自分の目標に向かって飛び立ってもらうことが最良の選択だとお互いが納得の結論に至りました。

 

本来なら離婚というとケンカ離婚のような感情爆発で実家に里帰りで帰ってこないとテレビ等で聞いたことがあります。

 

しかし私たちはお互いの人生を尊重し合いながら、双方納得いく形で円満に離婚を選んだことを妻の名誉にかけてここに記しておきます。

 

感情的にならず、冷静に落ち着いて決断を下せたことは、結婚当初、非常に未熟だった私たち二人が精神的に成長した証だとお互いが自負しています。

 

そしてこの決断が正しかったことを証明するためにお互いがそれぞれの道で精進する所存です。

 

まとめ

私たちの離婚の原因は特に決定的な理由が原因があったわけではありません。

 

しかし長い結婚生活の中で、頑強な絆に眼に見えないレベルのひびが少しずつ入っていたかもしれません。

 

正直妻は家庭に縛り付けておくには勿体ないほど能力と情熱があり、いつしか私も妻のファンの1人として妻を自由にしてあげたいと思っていたのも事実です。

 

私もそんな妻の情熱を学び、引っ張られるように精神的に成長してきました。

 

しかし自閉症の育児と妻の社会復帰の後押しをするバックアッププランをうまく考え出せなかったことは私の未熟の至りです。

 

今後は娘の良き母としての繋がりを期待し、お互い自分の持ち場に専念して結婚に縛られずそれぞれの持ち味を十分に発揮していきたいと考えています。

 

私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。

 

ろんじえぱぱ