ろんじえぱぱ 日常力~我がままに~

発達障害児の育児をきっかけに哲学、禅、科学的根拠を取り入れ、日常を磨き自己能力を最大化するブログを発信している40代

運命と宿命の違い

運命 宿命 違い

運命 宿命 違い

こんにちは!ろんじえぱぱです!

 

前回のブログでは30代の消費と反応の生活から、転換期を通じて自身の成長に目を向けることに変化したことをお話ししました。

 

きっかけは父の死とやはり娘の発達障害の発覚だったのですが、始めは、なかなか現実を受け入れがたかったのが印象ですね。目の前の同じ景色がまったく変わってしまったことを昨日のことのように覚えています。

 

今まで見た風景が幻想のような感じになり、気分が虚ろになり、食事も細くなって何をしても喜べなくなってしまいました。まさしく私と妻にとって人生上最大の試練だったと思います。

 

ただほんとうに皮肉なんですが、今振り返るとその出来事が初めて”現在の私”を創り出したと言っても過言ではないです。娘はほんとうに私をはじめ、妻、私の母いたるまで人間としてより成長させてもらいました。

 

今となっては、もちろん娘が障害がないことが望ましいに決まってますが、その逆境そのものには感謝せざるを得ません。複雑な気持ちです。

 

 逆境こそ学びの機会

名著『菜根譚』の中に逆境についての触れています。

 

 逆境の中にいる時は身の回りのすべてのことが鍼(はり)や薬になり、それで節操を砥ぎ、行動を磨いているのであるが、本人はそれに気づいていない。これに対して順境にあるときは目の前のすべてのことが、実は刃や戈となって肉を溶かし、骨を削っているのであるが本人はそれを知らずにいる。

 

誰も苦しい時やつらい時を欲しがる人はほとんどいないと思います。ただ今振り返ると本当に”痛い”思いをした時の方が、そのつらい現状を打破するため、変化することを切望することに気づきました。

 

言い換えれば、順境だった30代になんとなく平和に過ごしていたことが、知らず知らずに自身の知恵、体を削っていたことになります。

 

20代の知識の貯金だけですごしてきた自分。母親も70代まで何不自由なく暮らしてましたが、当時は途方に暮れていました。順境こそ油断ならぬもの。なにも学んでないからです。成長無きことこそ、もっとも警戒すべきことと菜根譚から教えられた気がします。

  宿命のとらえ方

まず宿命ですが、私にとって父の死や娘のことがあげられます。”命”が宿る。つまり自身のコントロールがきかないもの(Uncontrollable)や”定め”と定義づけています。

 

自然災害とかもそれに当たりますし、私自身にも今後何が起きるかはわかりません。

 運命のとらえ方

それに対して運命は文字通り”命”を運ぶと書きます。宿命という”枠”の中で自身の意志により変えていくことができる部分が”運命”(Controllable)(コントロールできるもの)と考えます。

 

不幸な子供をもったと不幸自慢をしても、だれも喜びやしませんし、だれも幸せになりません。決められた枠の中でどんな風景をみるのかは全て自分自身で決めることができると気づきました。

 

よく格付けの中でA+(エープラス)とかAAA(トリプルエー)とかありますよね。

 

 私は宿命がこのA,B,Cなどを表し、その中でAを増やすのか、++プラスプラスにするかを運命ととらえています。

 

何をもってA,B,Cと宿命を定義するのかは自由ですが、宿命は変えられません。今までも、そしてこれからもAにもBにもCにもDにもなる可能性があります。

 

今は無事でも、災害や不運な事故、病気になったり、将来は何が起こるか本当にわからないです。私が強調したいことは自分の与えられたAを努力でAAA(トリプルA)にすることです!宿命にすごすごと従うのではなく、逆境を糧により成長につなげることが自分ができる最善の道と考えました。

まとめ 

自分の宿命がCでもDでもCCC++やDDD++ならかっこいい生き方、自分らしい生き方だと誇りに思える気がします。私の宿命がどのような状態でもその中で自分ができる最高の生き方を目指せるよう精進していきたいと思います。

  私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。


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