ろんじえぱぱ 日常力~我がままに~

発達障害児の育児をきっかけに哲学、禅、科学的根拠を取り入れ、日常を磨き自己能力を最大化してFOREVER 35を目指す40代です!

【発達障害 育児】自閉症に絶望した親が娘から学んだ8つの感謝

 

自閉症 絶望 学び 感謝

自閉症 絶望 学び 感謝


 こんにちは!ろんじえぱぱです!

 

暑いですね!今日は娘と妻の三人でひたちなか海浜公園に行ってきました。

 


外は34度とうだるような暑さですが、娘との貴重な夏休みを満喫すべく西へ東へ車を飛ばす今日この頃です(;´Д`)

 

 

いつもはブログを書くために時間を惜しんでは時間を作りだしていますが、
家族の時間だけは例外で、娘を見守りつつ妻と共に一日をまったりとしています。

 

 

プライベートや遊びは非効率重視、それ以外の仕事や自分のブログなどは効率重視と毎日の生活の中で無意識に効率の配分を使い分けているんだなと感じました。

 

 

 

 

娘の自閉症を受け入れるまで

娘の自閉症を受け入れられないプライド

自閉症の娘が生まれていろいろ苦労したことを下記のブログで紹介しました。

 www.longjiepapa.com

 

 

自閉症の娘が生まれて始めの数年間は自分や妻、それぞれの両親を含めてぶち当たったのが自閉症を認めたくないというプライドだったと思います。

 

 

『うちの可愛い娘がまさか障害だなんて』この一言を正式に私たちが心から受け入れるまでは長い長い時間がかかりました。

 

 

始めに自閉症と正式に医師に判断されるまでは3歳ほどまでの月日が必要ですし、その後も療育教室や投薬をする中で、どうしても普通の子に近づけたいと期待を高くするものです。

 

 

娘の自閉症を認めつつも心から受け入れているわけではなく、あくまでも自閉は一時的な症状でいずれ普通になると信じていました。

 

 

そんな中では娘へのプレッシャーは家庭内でも強くなり、『どうしてできないんだ!?』というような普通の子と比較するような言葉を投げかけては、娘を傷つけていたと思います。

 

 

一般小学校を離れ、特別支援学校に行くことが決まった時、ようやく家族全員が娘のありのままの症状を心から受け入れるようになり同時に共有した理念が一つ生まれました。 

 

 

自分の考え方を変え、娘を受け入れる

『娘を無理やり普通の子に変えようとするよりもありのまま受け入れて長所を伸ばすようわたしたちの考え方を変えよう』

 

娘を無理やり普通の子に変えるのではなく、自閉症という病にかかって苦しんでいるんだから、それを緩和するよう助けてあげようという姿勢に変わりました。

 

その瞬間家族全員の肩の荷がすっと降り、ようやく私たちもありのままの笑顔がでるようになったのを覚えています。

自分を育児の犠牲にしない

将来の不安から娘を普通の子に近づけるため、自分を犠牲にして子供の育児に励む両親もいらっしゃると思います。しかし、自己犠牲の精神は短期的には効果的ですが、長期的には精神的に無理が生じてきます。

 

その無理が結果的に娘へのプレッシャーに変わり、ストレスを与えるくらいでしたら、私たちがそれぞれ自分の道を追求し、娘にはその後姿を見せようと決めました。
www.longjiepapa.com

私の妻は娘が一般小学校に入学した際に正社員を辞めて娘のために専業主婦になりましたが、特別支援学校に転校してからは再び活動を開始し、現在ネイリストになるべく日々学校に行くようになりました。

 

私も瞑想や筋トレ、ダイエットを通じて本で得た知識を知恵に変え、日々自分が変わることを実感して現在ブログを始めています。私たちも日々進化する毎日を楽しむように変わり、娘も自分のペースで伸び伸びと育っています。

 

いい意味での家庭内のそれぞれの個人主義が結果的に娘に良い影響を与えるようになってきています。みな生き生きして過ごし、娘も笑顔で毎日を過ごしています。

 

そしてわたしたちは自閉症の育児というネガティブ要素をポジティブに解釈できた時に様々なことを娘から学んできたことに気づいたのです。 

自閉症の育児を通して娘から学んだ感謝 

自閉症の育児で家族が絆を学んだことに感謝

まだ娘が1歳の時、私の父親が存命だったころは私の母と妻が娘への世話や食事のことで頻繁に衝突していました。私二人の中間管理職のような立ち位置で二人の仲を取り持つのに辟易していた時期があり、あと一歩で離婚危機まで行く危険性もありました。

 

そんな中私の父が倒れ闘病生活に入り、同時に娘の自閉症の疑いが出たことによって戦争状態どころではなくなり、とにかく手を取り合って毎日を必死に生きてきました。

 

残念ながら父は亡くなりましたが、必死に暗闇をもがく中で得た協力関係が今になっても生きています。お互い異を認め合って協力するすることで家族の絆が強くなり、今では頻繁に私の母の実家に娘を預かるようになるまで発展するようになったことは思いがけない大きな成果でした。

自閉症の育児で

【ふつう】から離れることを学んだことに感謝

自閉症を持つ親にとって『ふつう』という言葉はあこがれです。だれもが持つ『ふつう』。『ふつうに生きてくれれば』など、何度『ふつう』という言葉に苦しめられたか分かりません。

 

しかし今はこう言えます。世の中『ふつう』などない、と。他の人が『ふつう』と思っている家庭でもそれぞれ問題があり、それを乗り越えようとしています。

 

大切なことは『ふつう』で何も起こらないで欲しいという受け身の考えでなく、『ふつう』ではないからこそ、毎日に満足せず積極的な日常を生きる姿勢です。

 

『ふつう』なら、だれも子供を持ちながらネイリストを目指す人は少ないでしょう。そのまま専業主婦の方が楽です。『ふつう』ならネットにふける時間や寝る間を惜しんでブログを書く人は少ないでしょう。誰しも楽して生きる方がいいに決まってます。

 

みなが言う『ふつう』の正体は『楽をすること』なのです。人生の醍醐味は『ふつう』ではないところにあることを学びました。

 

有名人やお金持ち、スポーツ選手、政治家、わたしたちが憧れる人たちはみな『ふつう』ではないからあそこまで高みにいるのです。そこに近づけるかは分かりませんが、もう今の私は『ふつう』では満足しない脳構造になりました。『ふつう』の正体を教えてくれた娘に感謝しています。

自閉症の育児で思いやりを学んだことに感謝

自閉症の育児を通じて一番の考えが変わったのは思いやりの心です。それまでは能力が劣るような人を見下したりするような傲慢な考えがあったことは否定しません。

 

これまでは資本主義真っ只中で効率重視、コスパ重視など現代的な考え方で来た私にとって、娘は非効率そのものですが、それを受け入れなければ前に進めませんでした。

 

娘の育児を通して慈悲の心を覚え、資本主義に支配された効率主義から解放されたことは私の人間性を一段階確実に引き上げてくれました。娘に本当に感謝しています。

自閉症の育児でありのままを愛することを学んだことに感謝

 私を含めて子を持つ親は減点主義になります。始めこそ子供の存在自体に感謝しますが、そのうちに子供の将来の職業や自分の理想の子供像を作り、それに近づけるために躾と称してあれやこれや指示や説教をし始めます。

 

子供そのものを愛するというよりは、何かができて初めて愛するという条件付きの愛に変容しつつあることに気づいたのです。

 

しかし自閉症では他の子ができる当たり前のことができません。全く機能的でないので、条件付きの愛で接すると待っているのは怒り、失望と絶望のみです。

 

子供のありのまま、存在を愛するというのは今でもまだまだ完全とは言えませんが、育児を通じた大いなる学びの一つです。

自閉症の育児で人間らしい誠実性を学んだことに感謝

失望だらけの自閉症児と思われるでしょうが、娘は非常に自分の思いに忠実です。人が成長するとマナーやルール、雰囲気を読むようになって性格形成をしていきますが、自閉症児には他人の感情を読み取る力が弱いので、良くも悪くもピュアな性格をしています。

 

保身を図るようなプライドもなく、私をだましたりもしません。自分の可能性を狭めるやましい考えがないのです。その誠実性はわたしたち大人が生きる上で必ずまとわりつく部分であり、それが感じられない娘には正直うらやましく思います。

 

わたしは娘のそんな人間らしい誠実性を娘の興味の発揮する分野に向けて、将来なるべく自立を促すことが私の使命ではないかと思っています。

自閉症の育児で現実を受け止めてプラスに変えることを学んだことに感謝

自分の娘が障害を持っている。この事実を受け入れるのは自分がガンを宣告されたと同じくらい辛いことなのかはわかりませんが、おそらく受け入れられないという点で、似ているように感じます。

 

『できれば避けたかった』、『なかったことにしたかった』、このようなネガティブな過去は誰にもあると思います。私たちが娘を授かったのはその中でも最大のネガティブ要因で、当時の未熟な私たちには本当に途方に暮れるしかありませんでした。

 

半強制的に自閉症の育児に触れていく中で、娘のありのままを見つめていくうちに私たちの態度が少しずつポジティブに変わっていきました。

 

私たち自身しかこの現状を変えられないという現実。そして過去に起こったことは変えられませんが過去の解釈を変え、今の現在の行動をプラスに転換することができるということです。

 

この考えは自閉症の育児のみならず様々な過去に応用ができました。日々学びを得るつもりで毎日を生きれば、日々の失敗や過ちを解釈一つでいくらでも強みに変えることができるのです。

自閉症の育児からコミュニティの大切さを学んだことに感謝

娘はおそらく一人で生きていくことは難しいでしょう。私の使命は娘が安心して暮らしていけるためのコミュニティを探し出してあげることだと考えています。

 

娘を通して知ったのは、実に療育にかかわる先生方を始め、支援学校の先生方など、さまざまな人々が私の娘を見守っていてくれているという事実です。

 

現代はネットの普及でつい自分ひとりで何でもできてしまうような気持ちにさせてしまいますが、本来の人の社会はお互いが支え合う関係に基づいていることを改めて思いしらされました。

 

先生方が毎日交換日誌などで逐一娘の様子や色々な療育を娘と一緒に試みているのを見るにつけると日誌を通じて心に温かみが出てきます。

 

娘の育児を通じて感じる人のつながりは確実に私の心をより深く、広くしてくれました。娘を取り巻くみなさまに心より感謝を申し上げたいと思います。

自閉症の育児で知識から知恵を学んだことに感謝

 私も娘の育児をきっかけに心と体を強くするべく、運動やダイエット、哲学本や科学的、根拠のある改善法など、様々な手法を取り入れて自己強化に励んできました。

 

私にとって得た知識を試すのは他ならぬ娘の育児です!仕入れた知識でいくら精神増強をしても目の前の暴走娘を見ると、うわべだけの知識はすぐぶっ飛びます(悲)。娘が私の知識の道場であり、いつも稽古をつけてもらって知識を生きた知恵に変えています(笑)。

 

まだまだ至りませんが、数年前に比べて倍以上に感情をコントロールできるようになり、おかげで職場での評価が悪くないのは娘のおかげですね(笑)感謝です

まとめ 

誰しも自分の子供が障害を持つことは望んでいません。私たちはいくらでも不幸を訴え、不幸自慢をすることもできたでしょう。しかしそのような姿勢の先には同情はあっても希望はありません。

 

『なぜ私たちが娘を授かった』と思うよりも、『私たちだからこそ娘を授けられた』と気持ちを前向きにして自己肯定感を上げれば、それだけで次の行動がまるっきり変わることにきづきました。

 

おかげさまで私たちは娘から学んだ様々なことを通じて『ふつう』から脱却し、日々楽しい日常を過ごしています。皮肉にも他ならぬ娘がいなくてはもたらさなかった喜びでしょう。

 

私たちに成長の種をつねに与えてくれる娘を愛おしく思い、改めて感謝し、これからも全力で支えていきたいと思います。

私のブログから何か少しでも皆さんの考えの一助になれば幸いです。お読みいただきありがとうございました。

 

ろんじえぱぱ